2019年3月13日水曜日

デカルトの目線

 デカルトは「我思う、ゆえに我あり」と言いました。すべてのものを疑って疑って、最後に残った絶対に正しいものがそれだということです。そして、そこから真理を再構築しようとしました。
 またデカルトは「平面上の点の位置を2つの数で表す」方法を発案しました。原点を設け、そこを基準に2つの数の組み合わせで点の位置を表し、また図形を式で表しました。これを「デカルト座標」と言います。私たちが小学校の頃から使っている横軸と縦軸を引いてグラフを描いたあのやり方です。
 さて、この2つの共通点は何でしょうか?
 それは「中心がある」ということです。中心を定めて、そこから世界を見る目線です。デカルト座標の原点であり、「我思う」の我です。
では、この2つをつなげるとどういうことになるでしょうか?
 「オレが世界の中心だ」と、こういうことになるのです。デカルト自身がそう言ったという記録は見当たりませんが、彼の本音はそこにあったのでしょう。
 すべての点を原点からの位置関係で表現するように、「オレを基準にすべてを判断する」、そういうことなのです。哲学には実存主義・構造主義などいろんな立場がありますが、デカルトの立場を名づけるなら自己中心主義。そんじょそこらのジコチューとはレベルが違う、確信犯的ジコチューです。

 そして、人々の世界観が変わりました。三つ挙げましょう。
 一つ目は、自分を中心に物事を見るようになったこと。個に目覚めたと言ってもいいのですが、要するに世界の中心に自分が居座ったわけです。それまでのヨーロッパ社会では、世界の中心に神がいました。ニーチェ(1844~1900)が「神は死んだ」と言い放つ250年前に、デカルト(1596~1650)が世界の中心から神を引きずりおろす下ごしらえをしていたんですね。
 二つ目は、時間と空間を直線的に捉えるようになったこと。その昔、時間はぐるぐる回っていました。「朝→昼→晩→朝→…」、「春→夏→秋→冬→春→…」のように。循環するものを区切ることで、時刻が生まれ、暦が生まれました。人もまた循環しました。生まれ変わりです。そして時刻や暦と同じように、人はそこに区切りを入れます。生死を繰り返す間の一区切りが一生です。循環する時間には始まりもなければ終わりもありません。そして過去も未来もありません。それが昔の人にとっての時間であり、みんなが共有する時間でした。
 空間についても同じです。森を進んで川を渡ると、また森が続き、人に出会ってさらに進むと、また人に出会う。このように同じことが繰り返すのです。一日と一年と一生がぐるぐる回るのと同じように、空間もまたぐるぐる回るのです。海の向こうにはまた森があるのだろうし、空のかなたにも人がいて森や川や海があるのだろう。それが昔の人にとっての空間であり、みんなが共有する空間でした。
 そんな世界観が、一方通行の行ったきりの時間感覚・空間感覚に変わったんですね。円形の世界観を、デカルトが切り開いて直線状に引き伸ばしたようなものです。その目線からダーウィン(1809~1882)の進化論やウェゲナー(1880~1930)の大陸移動説が生まれました。
 そして三つ目は、人が直線の先を考えるようになったこと。切り開いて引き延ばした直線の行き着く先はどうなっているんだろうと、気にし始めたというわけです。昔の昔のそのまた昔や、未来の未来のもっと先の未来や、向こうの向こうのそのまた向こうを。宇宙の果てはどうなっているのか、ビッグバン以前はどんなだったのか、などなど。そんなことを、みんなが自然と考えるようになりました。
 でも、無限というものが本当にあるのかどうかはわかりません。それは、私たちが時空間を直線的に捉えるようになったことに起因する、ちょっとした思考の癖みたいなものかもしれませんよ。


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