2019年3月13日水曜日

ピタゴラスの戸惑い


 中学数学で習う三平方の定理は「ピタゴラスの定理」とも呼ばれています。ピタゴラス(紀元前5世紀頃)は古代ギリシャ時代に活躍した数学者(もしくは学派)で、「万物の根源は数である」という言葉も残しています。
ところで、古代ギリシャの人々は「万物の根源」についていろいろ考えました。いわく、
  • 万物の根源は「水」である  (タレス)
  •   〃   「火」である  (ヘラクレイトス)
  •   〃   「数」である  (ピタゴラス)
  •   〃   「原子」である (デモクリトス)
  •   〃   「無限」である (アナクシマンドロス)
と。ではここで、彼らのハートに迫ってみましょう。
 この中で現代科学に通じるものはどれかというと、「原子」が一見それに近いように感じるかもしれません。けれども、それは誤解です。デモクリトスは「物の最小単位はあるのか、無いのか」の問いに対して、何の根拠も示さずに、ただ「ある」と言ったに過ぎません。原子なるものがどんなものなのかにも触れていないし、石の最小単位と葉っぱの最小単位が同じなのか違うのかということにも触れていません。ただ一方的に「最小単位がある」と言い切っただけなのです。
 アナクシマンドロスの「無限」という言葉は妙に人を惹きつけます。でもこちらは、原子以上に実体がありません。だから、妙に魅力的なのでしょう。アナクシマンドロスは得体のしれない何かを「無限」と呼んだのでしょうけれど、要は「よくわからない」と言ったのと同じことです。
 では「水」はどうでしょうか。「火」はどうでしょう。「数」は? いずれも現代科学に照らしてみれば、明らかに間違っているといえるでしょう。そもそも「水」や「火」などたった1つの物でこの複雑な世界ができるはずがありませんし、まして「数」という物でないモノから物ができるはずがありません。
 というわけで、タレスもヘラクレイトスもピタゴラスもデモクリトスもアナクシマンドロスも、みぃんな間違いです。
 なぁんて言ったんじゃぁ、古代ギリシャの人々のハートに迫ることなんてできやしません。そこで、言い方をがらりと変えてみます。
  • タレスは「水」に「生命力」を見た。この力が世界を創り上げたと考えた。
  • ヘラクレイトスは「火」に「変化」を見た。変化することが世界の本質だと考えた。
  • ピタゴラスは「数」に「秩序」を見た。世界を数で表現することを通して世界を理解しようとした。
  • デモクリトスは物をとことん「分割」していけば、何かがわかるだろうと考えた。
  • アナクシマンドロスはどんなに人が賢くなっても、人には「わからないもの」が残るだろうと考えた。
このように見てみると、みぃんな間違いだなどという言い方の方が大間違いで、むしろみぃんな正しいのです。みんなそれぞれに的を射ています。

 ピタゴラスの話に戻りましょう。彼の言葉は「万物の根源は数である」と伝えられていますが、この言葉をガリレオ・ガリレイの「自然という書物は数学の言語で書かれている」という言葉と重ねてみると、似たようなことを言っているとも言えるわけです。そのように見ると、ピタゴラスの方向性は決して間違っていなかったと思うのです。
 ところで、ピタゴラスにとって「数の秩序」が具体的にどんなものかというと、それは例えば直角三角形の3辺の長さについての関係式「a2+b2=c2」です。これが「ピタゴラスの定理」で、この式を満たす自然数の組み合わせをピタゴラス数と言います。3辺の長さの比が 3:4:5 の三角形が直角三角形になることはそれ以前から知られていましたが、他にも「a2+b2=c2」を満たせば何でもよいことをピタゴラスは証明して、5:12:13 や 7:24:25 なども直角三角形の3辺になることをピタゴラスは示しました。
 そしてピタゴラスは「どんな直角三角形でも、それに対応するピタゴラス数があるのだろうか?」と考えました。
 ところがどっこい、実はそうじゃなかったんですね。たとえば直角二等辺三角形の3辺の比を自然数で表すことは、どうあがいても無理なんですね。
 現代人で中学で数学を習った人なら、もうお分かりでしょう。無理数の存在です。直角三角形の3辺の長さの比を表すには、一般的には無理数を使わなければ出来ません。有理数で表されるのは、つまりピタゴラス数で表されるのは、一部の直角三角形に限られます。
 ピタゴラスはそのことに気づいてしまいました。けれども、ピタゴラスは、そのことをひた隠しにしたようです。
 ピタゴラスにとって、有理数でない数は奇妙なものに思えたのかもしれません。あるいは、ピタゴラス数で表せない直角三角形があることは「数の秩序」に反すると考えたのかもしれません。いずれにせよ、ピタゴラスの時代、すなわち古代ギリシャにおいて、無理数を数と認定するには時期尚早だったということなのでしょう。数学の世界で無理数が正々堂々と登場するにはもう少し時間がかかります。


(注)
有理数とは「整数÷整数」の形で表される数のこと。有限小数(割り切れる小数)や循環小数(同じ数字の列が繰り返される小数)は有理数です。一方、無理数とは有理数以外の数、すなわち「整数÷整数」の形で表されない数のこと。無理数を小数で表すと、循環しない無限小数になります。



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