慶応大学総合政策学部2018「小論文」より
《資料5》これまで有権者は自らの選好に従い正直に投票を行うこと(sincere voting)を前提として話を進めてきた。しかし、有権者は自らの純便益を最大化したいと考えているので、もしより大きな便益を得られる投票行動が存在するならば、選好に従い正直に投票するのをやめる誘因を持つであろう。そこで、選好に従い正直に投票を行うのではなく、より大きな純便益を得るよう戦略的に行動する場合があるか分析する。
町に公共施設を建設する計画があり、候補は公園、図書館、公民館に絞られており、単純多数決投票に従い施設を決定する場合について考える。町の有権者は1万人であり、そのうち4千人は公園が一番望ましく、次が図書館、最後が公民館であると主張している。この有権者をグループαと呼ぶ。また、図書館が一番望ましく、次が公園、最後が公民館であると主張する有権者は3千人おり、グループβと呼ぶ。最後に、公民館が一番望ましく、次が図書館、最後が公園であると主張する有権者も3千人おり、グループγと呼ぶことにする。望ましい順に候補を並べると、それぞれのグループの選好は以下の通りとなる。
表:公共施設の決定
グループα(4千人) | グループβ(3千人) | グループγ(3千人) | |
1位 | 公園 | 図書館 | 公民館 |
2位 | 図書館 | 公園 | 図書館 |
3位 | 公民館 | 公民館 | 公園 |
これまでの議論と同様に人々が選好に従い正直に投票を行うのであれば、それぞれの有権者は一番望ましいと考える候補に投票することとなる。したがって、グループαは公園に、グループβは図書館に、グループγは公民館に投票する。その結果、公園に4千票、図書館に3千票、公民館に3千票入り、公園が最多得票で町の決定となる。しかしながら、グループβとグループγの6千人は、公園よりも図書館が望ましいと考える人々で、グループαの人数(4千人)よりも多い。つまり、単純多数決投票の下で正直に投票するならば、公園よりも図書館が望ましいと考える多数派(グループβとγ)の意見が反映されず、図書館よりも公園が望ましいと考える少数派(グループα)の意見が町全体の意見として反映されることとなる。
そこでグループγが、公民館が最も望ましいにもかかわらず、公民館ではなく図書館に投票すると結果はどうなるであろうか。このとき、他のグループは正直に投票するものとすると、公園にはグループαが投票し4千票、図書館にはグループβとグループγが投票し、6千票が入る。したがって、図書館が選ばれることとなる。グループγの有権者は公園よりも図書館が望ましいので、公民館ではなく図書館に投票することによって、選好に従って正直に投票した場合よりも望ましい結果を得ることができる。このように、より良い結果を実現するために、正直に投票しないような投票行動を戦略的投票(strategic voting)と呼ぶ。
しかし、このような投票行動は果たして妥当であろうか。他のグループが正直に投票することを前提としたときに、グループγが戦略的投票を行う誘因があることが分かったが、この前提が成立しなければグループγには戦略的投票を行う誘因がないかもしれない。そこで、他のグループが選好に従い正直に投票する誘因があるかを確かめることにしよう。
まず、グループβについて考える。グループβは、グループγが戦略的投票を行うことが妥当であることを知っており、正直に投票するとグループβの有権者にとって最も望ましい結果が実現する。したがって、グループβの有権者は選好に従い正直に投票を行う誘因がある。
次にグループαについて考える。グループαが選好に従い正直に投票するとき、グループβとグループγは図書館に投票するので、町の決定は図書館となる。この決定は、グループαにとって最も望ましい結果ではない。そこで、さらに望ましい結果をもたらすように戦略的投票を行う余地があるといえる。しかし、グループαにとって公民館は最も望ましくない候補なので、公民館に投票する誘因は持たない。また、図書館に投票するとき、すべての有権者が図書館に投票するので、町の決定は図書館となる。これは、グループαが正直に投票を行ったときと同じ結果である。したがって、グループαにとっては正直に投票を行うことと図書館に戦略的投票を行うことは無差別であり、正直に投票を行う誘因を持つといえる。
以上の議論から、グループαとグループβは正直に投票を行うが、グループγには戦略的投票を行う誘因があることが示された。グループγにとっては戦略的投票は自らの理想に近付けるための合理的な手段であるが、この行為により選挙結果は戦略的投票がない場合とは異なってしまう。
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