2019年3月23日土曜日

サンクトペテルブルクのパラドックス(慶応大の入試問題より)

(慶応大 商学部 論文テスト 2015)
以下の文章を読んで、次の問1~問3に答えなさい。

 最初の100年間、確率理論は、不確実な状況下において未来に起こる確率を測定するための道具として発展してきた。未来事象の起こりやすさに数的な値を与えることが確率理論により可能になったからである。
 さらに、意思決定において、事象の起こりやすさについての情報と、選択者にとってのその事象の価値とを、どのように組み合わせるべきなのかについて、パスカルは一足早く考え始めていた。パスカルは単純に事象の確率とその事象での通貨の価値とをかけ合わせることで期待値を求める方法を定式化したのである。
 この定式化を明確にするために、100ドルの賞金を獲得する確率が50%で参加するには50ドルかかる宝くじを例としてあげてみる。この宝くじの期待値を計算するには50%の確率と100ドルをかけ合わせる(期待できる賞金額)だけではなく、参加するには50ドルかかることを考慮しなければならない。したがって、このときこの宝くじの期待値を計算すると  (1)  ドルとなる。いま述べた宝くじと、50ドル賭けなければならないが1000ドルを獲得する確率が6%ある宝くじのどちらかを選択しなければならない場合を考えてみる。第2の宝くじでは期待できる賞金額は  (2) (3)  ドルとなる。第2の宝くじには50ドルかかるので、期待値は  (4) (5)  ドルとなる。期待値理論によれば、1番目の宝くじよりも2番目の宝くじを選ぶ方が望ましいことがわかる。このように、期待値理論は、未来の結果の確率とそれが提供しうる利得との組み合わせという明確な数学的方法を提供し、行動を選択するための指標を与えることになる。
 しかし、期待値理論が広く用いられ理解された後、ニコラス・ベルヌーイは期待値理論を用いると奇妙なパラドックスが起きることを初めて明らかにした。次のような例である。裏と表の出る確率がそれぞれ1/2である表が出るまで投げ続け、表が出たときに、賞金をもらえるゲームがあるとする。1投目に表が出たら2ドルの賞金がもらえるとする。この場合、1投目の期待できる賞金額は0.5かける2ドルで1ドルである。しかし、1投目に裏が出たら2投目を投げ、2投目で表が出たら4ドルもらえるものとする。このようにコインを投げて裏が出る回数が1回増えるごとに賞金が倍に増えていくゲームを考える。ここで、1投目が裏で2投目が表である確率は 0. (6) (7)  で、この条件下で得られる賞金は4ドルということになる。したがって、2投目で終わる場合の賞金額は  (8)  ドルになる。さらに、2投目にも裏が出て、3投目に表なら賞金額は  (9)  ドル(「確率 0. (10) (11) (12)  で発生する)となる。そして、表が出る前に4回裏が出て5回目に表が出たという条件下で得られる賞金は  (13) (14)  ドルということになる。10回目に初めて表が出れば1024ドル、20回目に出れば100万ドル以上、30回目に出れば10億ドル以上の大勝ちをすることになる。
 (a)ここで、このゲームには参加費が必要であるとしたら、いくらまで参加費を払えるだろうか。仮に、表が出るまで無限回まで投げ続けることができるとした場合、1投ごとの期待できる賞金額は1ドルなので、1ドル足す1ドル足す1ドル足す1ドルというように、無限回足すと期待できる賞金額は無限大になる。
 しかしながら、サンクトペテルブルクのカジノ支配人が発見したように、このゲームに参加するために5ドルより多く支払ってくれる人は一握りにすぎなかった。事実、このようなゲームに参加するためにいくらなら支払っても良いかと尋ねると、その金額は普通4ドルであった。なぜだろうか。期待値理論は、合理的な意思決定者はこのゲームに持ち金すべてを喜んで賭けることを予測する。しかし、実際には、4ドルより多く支払う人はほとんどいない。(b)なぜ期待値理論と人間の意思決定がこんなに異なるのであろうか。
 この「サンクトペテルブルクの問題」として知られるようになっているパラドックスが、18世紀前半の確率理論の分野において、重要な研究対象になった。1738年になってようやく、このパラドックスは、ニコラス・ベルヌーイの弟ダニエル・ベルヌーイによって解かれたのである。
 ダニエル・ベルヌーイは興味深い新たな考え方を示唆した。期待値理論は数学的期待値を計算するにすぎず、人間構想を十分に説明するものではないと彼は考えたのである。「意思決定者は危険に左右されない」ということを期待値理論は暗に仮定している。例えば、宝くじAでは100%の確率で100万ドルを獲得でき、宝くじBでは50%の確率で200万ドル獲得できるとする。期待値理論によれば、これらの宝くじは両方とも  (15) (16) (17)  万ドルに値すると言える。両方とも同一の期待値なので、どの意思決定者もこれら2つを同等に望ましいと考えることを期待値理論は導く。しかしながら、ほとんど全ての人は宝くじAを好むと報告するであろう。人間は理性的に慎重で200万ドルの宝くじに付随しているリスクを冒すのを避けるからこうなのだ、とダニエル・ベルヌーイは推論したのである。

問1. (1) ~ (17) に適切な数字を入れよ。

問2.下線部(a)に続く文章として最も適切な選択肢を1つ選べ。
 1 期待値理論にしたがえば、このゲームへの参加費として、1ドルも支払えないということになる。
 2 期待値理論にしたがえば、このゲームへの参加費として、1ドルなら支払えるということになる。
 3 期待値理論にしたがえば、このゲームへの参加費として、4ドルなら支払えるということになる。
 4 期待値理論にしたがえば、このゲームへの参加費として、いくらでも支払えるということになる。

問3.下線部(b)に書かれているように、期待値理論で、人間の意思決定を説明できないのはなぜか。35字以内で説明しなさい。



《解答》
問1. (1) 0  (2) (3) 60  (4) (5) 10  
    (6) (7) 25  (8) 4  (9) 8  (10) (11) (12) 125  (13) (14) 32
    (15) (16) (17) 100

問2. 4

問3. 人間は理性的に慎重で、意思決定に際してリスクを冒すのを避けるから。(33字)



 この問題が2015年度慶応大学商学部の論文テストのⅠ問目だが、私は以前似たような記事を書いたことがある。けれども、そこに書いた「サンクトペテルブルクのパラドックス」に対する考え方は、この問題に書かれている考え方とは違う。私が記事に書いたことに即して 問3.に答えるなら、答えは次のようになる。

問3. 無限は現実には存在しないものだから、確率計算に無限を絡めてはならない。(35字)

 もちろん上の問題でこれを書いたら × である。ところで、上の問題文より私が書いた記事の方が読みやすいので、よろしければ こちら をご覧いただきたい。

 同じ年の慶大・商学部・論文テストの Ⅱ問目 は「人口推計」の問題だが、これは情報科のカリキュラム「モデル化とシミュレーション」の問題だといえる。Ⅲ問目 は「論理学」の問題で、情報科の授業で「論理式」をやったうちの学校の今年の卒業生には楽勝だっただろう。
 慶応大学の小論文は面白くてためになる。学ぶべきポイントをコンパクトに提示してくれる。ちなみに今年の現役大学受験生から数学のカリキュラムが変わって、期待値が高校の必修から外れた。それに伴ってこれからは期待値は大学受験には基本的に出ないことになる。


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