2020年10月31日土曜日

なぜ教室で炎上しないのか?

 40人ほどが同じ空間にずっといて、言葉を交わしたり各自が自由に動いたり考え方をぶつけたりする中で、なぜ教室で炎上しないのか?
 いや、全く何も起こらないというわけではない。実際には大小さまざまこまごまといろんなことが起きてはいるだろう。けれどもなぜか、教室で炎上という話をあまり聞かない。

 それを平和と見るべきか、仲良しと見るべきか。あるいは遠慮と見るべきか、自制と見るべきか。はたまた不足と見るべきか、欠落と見るべきか。

2020年10月2日金曜日

総務省統計局の「統計資料館」に行ってみよう

 データ・サイエンティストの聖地、総務省統計局は東京都新宿区にあります。地下鉄東西線早稲田駅から徒歩10~15分。旧尾張藩邸跡の現・戸山公園と早稲田大学文学部の間の坂道をだらだら登っていった突き当たりにあります。緑あふれる静かな小道は、お散歩コース・デートコースに最適です。
 見所は統計局の敷地内にある「統計資料館」。マニア垂涎の品々が並んでいます。しかもほとんど見学者がいませんから、静かな空間を独り占めできます。写真撮り放題はもちろんのこと、暇そうにしている係員に質問し放題で、ぜいたくな時を過ごせます。しかも入場無料。
 早稲田界隈にいる人にとっては、散歩にデートに時間つぶしにちょくちょく訪れるのに良い場所です。そういえば Facebook での私の友達の多くは、6年以上早稲田界隈にいますね。かく言う私も行きました。だいぶ前に一度だけ。そのときにまとめたレポート(→ https://omori55.blogspot.com/2019/03/blog-post_959.html )がありますので、よかったらご覧ください。展示物はそのときとあまり変わっていないんじゃないかと思います。
 現状把握・過去の総括・未来予測のあらゆる場面で統計は有効です。ビッグデータは人工知能の動力源です。すなわち統計なくしてAIは動きません。ですから、いま学ぶべきは統計です。なにはともあれ、まずは総務省統計局の「統計資料館」に行きましょう。

2020年9月25日金曜日

☆ 姫さま・彦さまの育て方

 私は妻のことを「うちの神様」と呼んでいる。俗に言う「うちのかみさん」と本質的に同じだが、それを正確にストレートに恥じらいもなく呼んだものである。「旅館の女将(おかみ)」も同じで、元をただせばそれらはみな神様なのである。
 その勢いで、私は娘のことを「うちの姫さま」と、息子を「うちの彦さま」と呼んでいる。以下、私流の子育て論・子育て術である。

☆ 
◇ 親・偽・愛
(→ https://omori55.blogspot.com/2020/01/blog-post_99.html )
◇ 肯定系でしゃべろう
(→ https://omori55.blogspot.com/2019/03/blog-post_491.html )
◇ 
(→ )

☆ 教育費は何のため?
◇ 高校卒業したら子供に1000万円あげちゃう計画
(→ https://omori55.blogspot.com/2019/04/1000.html )
◇ 使った分が財産だ
(→ https://omori55.blogspot.com/2019/04/blog-post_56.html )
◇ もったいないのはお金だけじゃない

☆ 
◇ やりたくないこと、なりたくないもの探し
◇ 特技
◇ 「学校に行かなくていい」というその前に

 成功しているとは言わないが、それで良い。きっと良い。

2020年9月17日木曜日

台風の定義

(2017年9月17日)

 今日正午前、ニュース速報が流れた。「台風18号が鹿児島県に上陸した」と。
 ということは、それまでに鹿児島県に降っていた雨も、吹いていた風も、台風ではなかったということか。
 その言い方を真に受けるなら、台風はすごく小さい。そして「大型台風」という言い方はそもそも論理矛盾していることになる。
 まぁなんと言うか、上陸するときの台風の定義と被害をもたらすときの台風の定義が異なっていると言うことなのかもしれない。上陸するときの台風の定義は「台風の中心」を指しているのだろう。でもそうだとすると、そこは「台風の目」だから、台風は実に穏やかなものだ。雨も風もほとんどない。
 そんなことを考えながらテレビを見ていたら、今度はこう言った。「大型台風が先ほど九州に上陸した」と。こうなると論理矛盾どころか論理破綻してないか。。。
 まぁどうでもいいことである。言葉はあいまいでなければ現実に使い物にならない。定義はザツでいい。時と場合に応じて、適当に使い分ければいい。むしろそうあるべきだ。こうして妙に納得して考察を終えた。

2020年8月27日木曜日

病名はCOVID-19、ウイルス名はSARS-CoV-2


 WHOは2月11日、新型コロナウイルス感染症の正式名称を「COVID-19」とすると発表した。コロナウイルス感染症と感染者が報告された2019年を組み合わせたもの。
 COVID-19の「CO」は「corona」、「VI」は「virus」、「D」は「disease」の意味となる。

 一方、ウイルス名については、国際ウイルス分類委員会(International Committee on Taxonomy of Viruses:ICTV)が2月7日までに、SARS(重症急性呼吸器症候群)を引き起こすウイルス(SARS-CoV)の姉妹種であるとして「SARS-CoV-2」と名付けている。

(画像は国立感染症研究所のもの)


2020年8月18日火曜日

論理にはいろいろある

 「論理」あるいは「論理的」という言葉は実は非常にあいまいな言葉であって、現実にはいろんな意味合いで使われます。4つに分けて考えてみましょう。

   ① 記号論理
   ② 数学の論理
   ③ 科学の論理
   ④ 議論の論理

 ①「記号論理」は論理学の分類では「演繹(えんえき)」と呼ばれるもので、たとえば三段論法がこれに含まれます。古代ギリシャのアリストテレスの時代にほぼ完成したもので「古典論理」と呼ばれることもありますが、実は現代社会においてコンピュータの世界で大活躍しています。この論理はまさに「機械的な論理」であって、これは確実に100%正しい。
 ②「数学の論理」はいわば「論理の枠組み」です。そこには人の捉え方や感性やアイデアが実はふんだんに盛り込まれていて、意外にも人間的な面を備えています。ところで、論理の枠組みですから、その枠組みの中において「正しい」のは必然です。でも枠組みが変われば、覆る可能性はあります。
 ③「科学の論理」は論理学の分類でいえば 「帰納(きのう)」に当たります。それは「反例が見つかっていないから、また他のことと矛盾しないから、とりあえず正しいものと見なそう」ということであって、いわば「経験的な論理」と言えるでしょう。そして、ということは、科学において100%正しいということは原理的にあり得ないことなのです。
 ④「議論の論理」に必要なのは「説得力」です。そのために「根拠・理由」を挙げる。そうして他人の理解・支持・共感を得ることが、この論理の目的です。また、自分でいろんな可能性を検討する際にも、納得する際にも、この論理は使われます。まさに「普段使いの論理」です。ところで、正しさを示すことが議論の目的ではありませんよ。そもそも絶対に正しいことなら、最初から議論になりませんから。

 同じ「論理」という言葉を使っても、意味合いはこんなにも違うのです。「論理的な考え方」と言ったり、「間違った論理」と言ったりしますが、その「論理」の意味が ①なのか ②なのか ③なのか ④なのかによって、文脈がまるで違ってきます。
 そもそも「正しいことを言う」のが論理ではありません。中でも「科学」は「間違える可能性がある」ことが「前提条件」です。また「正しいとは言えない」から「議論」になるんですね。そこを分かっていないと、コロナ報道に振り回されちゃいますよ。科学に基づいた議論であれば、見解が一致しない方がむしろ自然なのです。
 では、私たちはどうすれば良いのでしょうか。素人なりに見聞きして、考えて、判断して、発言して、行動すれば良いのだと思います。それでいて専門家と精度はさほど変わらないでしょうから、たぶん。